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神戸地方裁判所 昭和60年(行ウ)16号 判決 1986年7月09日

原告

正村婦美世

外一四名

右原告ら訴訟代理人弁護士

藤原精吾

佐伯雄三

前哲夫

山内康雄

深草徹

被告

神戸市建築主事

堀龍平

右被告訴訟代理人弁護士

奥村孝

右奥村孝訴訟復代理人弁護士

中原和之

右被告指定代理人

田中治

外二名

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五九年五月二三日建築確認番号灘第二一号をもつてした建築確認処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案の答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者及び本件処分の存在等

(一) 被告は、昭和五九年五月二三日住友不動産株式会社大阪支社(取締役支社長村上義幸)からの建築確認申請に対して、本件処分を行つた。本件処分の大要は次のとおりである。

建築主 住友不動産株式会社大阪支社

建築場所 神戸市灘区篠原伯母野山町一丁目一〇〇四番―一

用途地域等 第二種住居専用地域

(一部第一種住居専用地域)

文教地区

計画概要

敷地面積 一万〇二九〇・八四七平方メートル

建築面積 一八八五・五一平方メートル

延べ面積 一万三一七八・九七平方メートル

構造・規模 鉄筋コンクリート造り地上九階地下一階

用途 共同住宅

(二) 原告らは、肩書地に居住する住民であり、いずれも本件処分に基づいてなされる建築行為に伴つておこりうるがけ崩れ、地すべり、又は土砂の流失、本件処分に基づいて建築される建築物(以下「本件建築物」という。)自体の倒壊等の発生により、その身体、健康、精神及び生活に関する基本的権利並びに有効な生活環境を享受する権利を侵害されるおそれがあり、ことに集中豪雨、地震などの災害時には、本件開発行為によつて、がけ崩れ、地すべりなどが誘発されて人災となり、ひいては原告らの有する土地、建物そして原告らの生命、身体が危険にさらされる結果となる。

2  本件処分の違法性

(一) 本件処分は建築基準法一九条四項に違反した違法な処分である。

すなわち、同条項は、敷地の安全性を確保する措置が講じられていることを建築確認処分をするにあたつての要件としているが、次の諸点において本件建築物の敷地は右条項に定める要件を満たしていない。

(1) のり面、がけの崩壊の危険性

本件建築物敷地(以下「本件敷地」という。)付近には、日本の代表的な活断層の一つである「五助橋断層」が通つていることが学問的に確認されており、この事実と、住友不動産株式会社の請負業者である大林組の行つた地質調査(ボーリング)の結果、周辺の地形、地下水の湧出状況、及び過去の災害事例などを総合すると、本件敷地は五助橋断層の副断層を跨いで建つことになり、同副断層が南面の高さ約二〇メートルのがけ斜面と平行に「流れ盤構造」をなしており、その上、斜面付近の基盤には破砕帯が平行に分布していることが優に推定される。

このような地質上の弱点を持つた右土地上に地上約三〇メートルもの高さを持つた本件建築物を建築することは、建築物自体の加重や、地震の場合の揺れ、大雨による地下水位の上昇などが生じた場合、極めて容易にがけ面の表層滑りや崩壊を引き起こすこととなる。

しかも本件建築物は、南がけ面のがけつ縁に接して、これと平行に建築されるのであるから、万一がけの滑りや崩壊が発生したとすれば、本件建築物の居住者の生命はもとより、原告らがけ下住民の家屋、生命、身体の安全は全く保障の限りでない。にもかかわらず、施主住友不動産株式会社と請負業者大林組は、本件敷地内に断層及び破砕帯が存在しないとの独断に基づいて設計及び工事の施工を行つており、本件建築確認申請においてもこのことは全く審査の対象とされないまま、本件処分がなされている。

したがつて、被告は本件処分を行うにつき本件敷地の安全性を確認し、建築基準法一九条四項の要件を充しているか否かを改めて審査する必要がある。

(2) もつとも、本件処分にかかる本件敷地についての開発行為は、その敷地の位置する神戸市灘区篠原伯母野山町一丁目一〇〇四番の一の地域約三万三〇〇〇平方メートルの区域を開発区域として、昭和五六年七月二九日付けで神戸市長が開発許可処分をしたが、開発許可があつたというだけでは、建築確認申請にかかる本件建築物の敷地の安全性が確保されたということにはならないし、まして本件の場合、開発許可処分自体に重大かつ明白な瑕疵が存するだけでなく、後述のとおり、開発許可にかかる工事完了の検査がまだ済んでいないのであるから、これを理由に本件敷地の安全性、ひいては本件処分の適法性を論じる余地はない。

(3) 以上、要するに、被告は建築基準法一九条四項に定める敷地の安全性を審査確認することなく本件処分を行つたもので、同処分は建築基準法一九条四項に違反する。

(二) 本件処分は建築基準法六条三項に違反した違法な処分である。

すなわち、建築主事が建築確認をするにあたつては、同条項により「申請に係る建築物の計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合するかどうかを審査し、審査の結果に基づいてこれらの規定に適合することを確認したときは」、当該申請者にその旨通知することとされているが、本件においては、被告は、本件建築物が以下のとおりこれらの規定に適合しないにもかかわらず、本件処分をしたものである。

(1) 本件処分にかかる本件敷地についての開発行為について神戸市長のした前記開発許可処分には、次の条件が付されていた。

条件

① 工事を途中で中止したり、また緊急の事態が生じた場合は、防災措置を講じるとともに、早急に本市宅地規制課へ連絡をとり、その指示に従うこと

② 降雨時には土木工事を中止し、土砂等が場外へ流出しないよう万全の措置を講じること

③ 南側斜面の防災対策については、工事着手前に現況地形に対応する防災対策を検討のこと

④ 北側幹線道路沿の切取法面勾配については、施工時現地立会を行い判定すること

⑤ 公園東側六甲川沿の斜面上部に設置する擁壁については、現地細部測量の結果を本市宅地規制課の承認を得たのち工事に着手すること

⑥ 工事施行に当たつては、地元と十分協議すること

しかし、施工者及び工事施行者は、本件開発区域内のがけ崩れ及び出水による災害、周辺の断層や破砕帯による地震時の危険性、また、敷地の南側に消防自動車の進入道路がない本件建築物の火災時の危険性、その他、工事中の交通事故の多発や、マンション居住者及び関係者による自動車の増加に伴う交通難等に対する防災のための十分な調査及びこれに基づく安全対策を実施することなく、しかも、神戸市長の再三にわたる行政指導にもかかわらず、地元住民と十分に協議することもなく本件建築物の建築を強行しようとしている。これは、明らかに上記開発許可条件三項及び六項並びに神戸市開発指導要綱第六及び第一二、その他に違反している。

(2) 次に、都市計画法三六条は、開発許可にかかる工事を完了したときは、その旨都道府県知事に届け出をし、当該工事が開発許可の内容に適合しているかどうかについて検査を受け、検査済証の交付を受けなければならないこと、都道府県知事は検査済証を交付したときは、遅滞なく工事完了の公告をしなければならないと、定め、それを受けて、同法三七条は、「開発許可を受けた開発区域内の土地においては、前条三項の公告があるまでの間は、建築物を建築し、又は特定工作物の建設をしてはならない。」と定める。

ところで、本件建築物に関し、都市計画法三六条の工事完了の届けはおろか、検査済証の交付、工事完了の公告がなされていないことは、周知の事実であり、同法三七条の例外規定に該当する事由も存しない。

それ故、本件建築物の計画は、当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法令、条例及び要綱の規定に適合せず、建築基準法六条三項による建築確認をなし得ないものである。

(三) 本件処分は兵庫県建築基準条例(以下「県条例」という。)二条に違反した違法な処分である。

(1) 県条例は、建築基準法四〇条に基づき制定されたものであるが、同条例二条は、「がけ地の安全措置」として、「がけ地に建築物を建築する場合においては、がけの表面の中心線から、がけ上及びがけ下の建築物までの水平距離は、それぞれがけの高さの一・五倍以上としなければならない」と定めている。その趣旨は、がけ崩れ等が生じた場合にも、がけ上あるいはがけ下の建築物の安全を確保するために「安全上、最低の基準」(県条例一条)として設けられたものであることは、疑問の余地がない。

そして、本件建築物につき右条例の定めに適合しているか否かは、当然建築主事が確認時に判断すべき事項である。

そうすると、県条例二条によれば、別紙図面中赤色で表示された範囲の敷地については建築物を建築できないこととなるにもかかわらず、本件建築物がこれに違反して建築されていることは明らかであるから、本件処分は違法である。

(2) 被告は、本件建築物は県条例二条一項本文には違反しているが、本件敷地南側のがけが同項但書の「岩盤若しくは擁壁等で構成されているため安全上支障がない場合」及び本件「建築物の構造により安全上支障がない場合」に該当するので、結局、県条例に違反しない適法な処分であると主張するが、右但書は、「安全上、最低の基準」として定められた同条一項本文の基準を緩めるものであるから、「安全上支障がない」ことが、根拠をもつて確実に証明される場合でなければならない。

そこで、本件の場合、右但書にいう「安全上支障がない場合」に該当するかどうかをみるに、本件敷地南側のがけは下部の一部に擁壁らしきものがあるにすぎず、県条例にいう「擁壁」で構成されているとは到底いえないことは明らかであり、被告自身も本件については「擁壁等」だけで安全上支障がないと認めているわけではない。

次に、「建築物の構造」については、被告はがけ下からの勾配三〇度以内に建築物の基礎がはいつておれば安全上支障がないとのもとに判断したという。しかし、地盤の強弱にかかわらず三〇度以内であればよいとのもとに判断を行うこと自体、安全性に対する判断のいいかげんさを示しているというべきである。本件敷地の地質上の弱点と災害等発生の危険性は、前述のとおり((一)(1)参照)であり、このような弱点のある本件敷地については、三〇度以内だから安全だということは全く通用しない。

しかも、本件建築物は、南がけ面のがけつ縁に接して、これと平行に建築されるのであるから、万一がけの滑りや崩壊が発生したとすれば、本件建築物居住者の生命はもとより、原告らがけ下住民の家屋、生命、身体の安全は全く保障の限りでなく、右但書の「安全上支障がない場合」に該当するとの根拠は全くないこと明らかであり、本件処分が県条例二条に違反した違法な処分であること明白である。

(3) なお、宅地造成等規制法(以下「宅造法」という。)の規制区域内においては、建築基準法一九条四項は、適用されず建築主事の確認の対象にならないという考えにたつたとしても、県条例二条については建築主事が確認にあたり審査すべき対象である。

すなわち、建築主事は、土木、地質に関し専門的知識を持たないとしても、県条例二条一項本文の審査は右専門的知識を待つまでもなく、図面による距離計算により建築物を建築してはならない範囲は容易に把握できる。

同項但書についての安全上支障がないかどうかの判断は、本来右専門的知識がなければできないものであり、県条例が、右但書の判断については専門的知識を要求しているとも考えられるが、そうではないとすれば、但書の適用については、本文の距離制限に違反しても、なおかつ専門的知識に基づかずとも「安全上支障がない」ことが明白な場合でなければならない。すなわち、外見上明らかに安全上支障がないと認められる場合にのみ(外見からは確知できない状態のところがいかなる悪条件であつたとしても専門的知識を駆使することなく外見上安全だと断定できる場合にのみ)、右但書が適用される余地があると考えるほかない。

本件敷地については、すでに述べたように外見上明らかに安全上支障がないと認めることは到底できないのである。

被告は、本件がけの状態から判断して安全上支障がないといつたり、がけ下からの勾配三〇度以内に建築物の基礎がはいつておれば安全上支障がないというのであるが、被告が土木工学、地質学等の専門的知識を有しておらず、安全上支障がないかどうかを審査する能力も有していないことは被告自身が再三自認するところで、被告が「安全上支障がない」といつているのは専門的知識に基づいていつているのではなく、根拠もなく単に結論を述べているにすぎない。県条例二条一項本文の基準に違反しても、なおかつ安全上支障がない場合と認められるには、外見上明らかに安全だと判定できる場合でなければならないのであるから、被告の右判断の誤りは明白である。

(4) また、被告は、県条例二条一項は確認に際し審査する必要はあるものの、宅造法の規制区域内であれば、許可等の有無を確認するだけで足りるとするが、その主張の実質は、県条例二条一項の無視であり、県条例二条一項を満足しているかどうかの審査は行つていないことを自認するものに他ならない。県条例には、宅造法の許可等があれば適用されないとの規定はどこにもない。県条例二条一項本文は、画一的な基準をわざわざ設けて安全上最低の基準としているもので、被告の主張するように「建築コスト」によつて右基準が無視されてもやむをえないというのは、被告が安全を無視して建築にあたつている姿勢を雄弁に物語るものである。

被告は、県条例二条一項の審査は、宅造法の許可等の有無を確認すればよいとの主張をしつつ、同項但書については安全上支障がないかどうかの実体判断をする必要があり、現にそうしたとも主張する。行政側の主張としては全く首尾一貫しない支離滅裂さで、県条例二条一項の審査が極めていい加減で現実にはこれを無視して確認作業がなされてきた実体を如実に示すものである。

3  以上のとおり、本件処分はいずれの点からみても違法であるから、原告らは請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  被告の本案前の主張

原告らには、本件処分取消訴訟の原告適格はない。

1  抗告訴訟において原告適格が認められる者は、当該行政処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者でなければならず、また、そこでいう法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。そして、法が公益の保護を目的としている場合には、当該公益に包含される不特定多数者の個々人に帰属する具体的利益は、一般的には、反射的利益であり、個々人について原告適格が認められるのは、個別の法律が個々人の個別的利益をも保護する趣旨をも含むと解される例外的な場合に限られる。

2  ところで、建築基準法六条三項に基づく建築主事の確認(以下「建築確認処分」という。)は、同条一項によれば、その建築計画が「当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定」に適合するかどうかを確認するものであり、したがつて、その確認の対象は、「当該・・・規定」の適合性の有無であるが、建築確認処分取消訴訟は、当該処分が原告らの取消理由として主張する確認対象規定に照らし違法であり、原告らがその確認対象規定によつて保護された個別的、具体的利益を侵害される場合において、その不利益を解消して原告らの右利益の回復を図ろうとするものであるから、同訴訟における原告適格の要件となるべき法的利益の有無は、原告ら主張の確認対象規定によつて保護された個別的、具体的な利益を原告らが有するかどうかを判断すれば足りるものである。

3  そこで、原告らが本件処分の取消事由として主張するのは、それが①建築基準法一九条四項、②開発許可条件三項及び六項、神戸市開発指導要綱第六及び第一二、③都市計画法三六条、三七条、④県条例二条にそれぞれ違反するというのであるからそれら各規定が確認の対象となるものかどうか、及びそれらが原告らの利益を保護するためのものであるかどうかについて検討を加える。

(一) まず、建築基準法一九条四項は、「建築物ががけ崩れ等による被害を受けるおそれのある場合」と規定しその文言自体からみても建築確認の対象となつた当該建築物自体の安全性を考慮した規定であることは明らかである。さらに、同法の定める技術規定は、大きく分けて単体規定(個々の建築物の安全という立場からの建築制限を内容とする規定で、同法二章の規定がこれにあたる。)と集団規定(一体の都市として総合的に整備、開発及び保全する必要があるため建築物を集団として規制する規定で、同法三章の規定がこれにあたる。)に分類されるが、同法一九条四項は右のうち単体規定に属するものであり、そのことからも同項は当該建築物の安全性を考慮した規定といえるが、同項の「がけ崩れ等による被害」も当該建築確認処分の対象となつた建築物の被害を想定しているのであつて、右建築物の地盤の近くにあるがけの下若しくはがけの上の建築物については、その存在すら考慮したものとはいえず、まして、それらの建築物の安全性までを確保するための規定とはいえない。これは、単体規定の適用範囲が集団規定とは異なり、全国のあらゆる区域に一律に適用されるものであり、建築確認の対象となつた建築物の近くのがけの下若しくは上に必ずしも他の建築物の存在を想定しえないことからも明らかであろう。

また、仮に同法一九条四項が建築確認の対象となつた建築物の安全性の確保だけでなく、その周辺の住民の安全性という一般公益をもその目的に含むと解したとしても、それと併せて特定の者の個人的利益をも、右の公益の中に包摂ないし吸収解消されない具体的個別的利益としてこれを保護していると解される場合に限り、はじめて右処分により右利益を違法に侵害された特定の個々人につき、右処分の取消しを訴求する原告適格を肯認することができるものと解しうるところ、同法一九条四項は、単に「がけ崩れ等による被害を受けるおそれのある場合において……安全上適当な措置を講じなければならない。」と付近住民の安全性をも保護しているとしても極めて抽象的な安全基準を規定するにとどまり、何ら具体的な基準を定めていないことからすると、同項ががけ周辺の住民に一般公益に吸収、解消されない具体的利益を保護しているとまで解し得ないものといわなければならない。

したがつて、以上述べたことから同法一九条四項を処分の取消理由として主張する原告らには原告適格は認められないというべきである。

(二) 次に原告らが本案訴訟において取消理由として、その違反を主張する前記②開発許可条件三項及び六項、神戸市開発指導要綱第六及び第一二、③都市計画法三六条、三七条については、これらの規定が建築確認の確認対象たる「当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定」に当たるかどうかを検討する必要がある。

ところで、建築確認処分における確認対象たる法令の範囲は、建築行為を規制しているすべての法令に及ぶものではなく、他の法令、例えば都市計画法等との関連を含めた建築基準法の趣旨、目的、建築主事の資格検定の内容、確認申請書の記載事項として法令上要求されている事項、更には建築主事の権限から外されて特定行政庁のみ、あるいは建築審査会の議を経ることとされているものとの対比等を通じて決定されるものである。

そして、都市計画法上の開発行為許可制度は、市街地のスプロール化阻止を目的として種々の規制を行つているものであり、建築確認制度とは目的が異なることから開発行為の規制についての規定(同法三章一節)は、確認対象法令とはならないものであり、このことは、同法施行規則六〇条が確認申請者に開発行為をなしうる規定に適合していることを証する書面の交付を都道府県知事に求めることができるとしていることからも裏付けられる。

このように同法の開発行為の許可の規定が確認対象規定外である以上、前記②、③の法令はいずれも開発許可に関する規定であるから建築基準法六条一項の確認対象規定外となり、結局のところ原告らの主張する前記②、③の規定により保護される利益は、建築確認の確認対象規定によつて保護された利益とはいえず、原告らには本件処分取消訴訟の原告適格は認められない。

(三) 最後に原告らが取消理由として主張する前記④県条例二条に照らし検討しても、原告らには原告適格はない。

すなわち、県条例二条は、建築基準法四〇条に基づき、同法一九条四項の制限を付加するものとして制定されたものであるから、県条例二条の立法趣旨及び同条により保護される利益も基本的には建築基準法一九条四項と異なるものではない。

そうであるとすれば、県条例二条は、建築基準法一九条四項と同様に建築確認の対象となる建築物、換言すれば、これから建築しようとする建築物の安全性を確保しようとする規定であり、当該建築確認とは全く別個の建築物、換言すれば、すでに建築されている建築物の安全性を確保するためのものでないことは明らかである。

また、仮に県条例二条が建築確認の対象となつた建築物の安全性の確保だけでなく、その周辺の住民の安全性という一般公益をもその目的に含むと解したとしても、それと併せて特定の者の個人的利益をも、右の公益の中に包摂ないし吸収解消されない具体的個別的利益としてこれを保護していると解される場合に限り、はじめて右処分により右利益を違法に侵害された特定の個々人につき、右処分の取消しを訴求する原告適格を肯認することができるものと解されるが、県条例二条一項は、単に「がけ地に建築物を建築する場合においては、がけの表面の中心線から、がけ上及びがけ下の建築物までの水平距離は、それぞれのがけの高さの一・五倍以上としなければならない。」と当該建築物の安全性については周到な配慮を払つてはいるものの付近住民の安全については何ら具体的な配慮を払つた定めがなされていないことからみても、県条例二条ががけ周辺の住民に一般公益に吸収、解消されない具体的利益を保護しているとまで解し得ないものといわなければならない。

以上により、県条例二条一項を本件処分の取消理由として主張する原告らには原告適格は認められないというべきである。

三  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1項のうち(一)の事実は認め、同(二)の事実のうち原告らが肩書地に居住する住民であることは不知、その余の事実は否認する。

2  同2項について

(一) (一)の冒頭の主張は争う。同(1)のうち前段及び中段は否認し、後段前半は不知、後段後半のうち施主住友不動産株式会社と請負業者大林組が本件敷地内に断層及び破砕帯が存在しないとして設計及び施工を行つていることは認め、その余は否認又は争う。同(2)のうち、本件建築物の敷地についての開発行為は、その敷地の位置する神戸市灘区篠原伯母野山一丁目一〇〇四番の一他の地域約三万三〇〇〇平方メートルの区域を開発区域として、神戸市長が開発許可処分を行い、昭和五六年七月二九日付けで同処分の通知をしたこと及び同開発許可に係る工事の完了検査がいまだなされていないことは認め、その余の主張は争う。同(3)の主張は争う。

(二) (二)の冒頭の主張は争う。同(1)のうち神戸市長のした前記開発許可処分に①ないし⑥の条件が付されていたことは認め、その余は否認又は争う。同(2)のうち本件建築物について都市計画法三六条の工事完了届、検査済証の交付及び工事完了の公告がされていないことは認め、その余は否認又は争う。

(三) (三)の主張は争う。

3  同3の主張は争う。

四  被告の主張(本件処分の適法性)

本件処分は、以下に述べるとおり現行の建築確認の制度・趣旨に照らし何らの瑕疵もなく適法である(なお、原告らは、本件処分の取消理由として都市計画法に基づく開発行為の許可に関する規定等に違反する旨主張しているが、これらの規定は前述のとおり(二3(二)参照)そもそも建築基準法六条三項の確認対象とはならない事項に関するもので、本件処分の取消理由となる余地はないものであるが必要な限度で触れることとする。)。

1  建築基準法一九条四項に違反するとの主張について

(一) 同条項に対する審査方法

(1) 同条項に対する審査の方法として宅造法八条一項の許可を受け、宅造法一二条二項の検査済証を交付された場合については、建築基準法六条の規定による確認に際して、建築物の敷地内に宅造法八条一項の規定により許可を受けて、同法一二条二項の規定により検査済証を交付された後、改変されていない……がけがあるときは、……当該がけについては建築基準法一九条四項の規定に適合しているものとして取り扱つても差しつかえないが、この場合建築主に対し当該許可書等の写しを確認申請書に添付させることとした通達(「宅地造成等規制法の施行に伴う建築基準法の一部改正について」昭和三七、二、二七住宅第五六号建設省住宅局長から各特定行政庁あて通達)がある。

(2) ところで、建築基準法一九条四項は、同項において講ずべきものとされる「安全上適当な措置」についての技術上の基準を明確にしていないが、同法の目的を定めた同法一条が安全性の基準として、建築コスト等との均衡をも考慮した最低水準を定めたものとされている趣旨からすると、同法一九条四項の場合における安全性の基準も安全性を確保するための最低の基準に従うものとみるべきであり、安全上、十分に望ましい状態となるほどの内容のものとする義務まではないといわなければならない。

このように、同法一九条四項の定める安全性の基準も最低の基準によるものであることからすると、宅造法八条一項の定める宅地造成に関する工事の許可は、同法施行規則四条に定める許可申請書及び添付図書の内容からみて、がけがある場合には、がけの高さ、勾配及び土質(土質の種類が二以上であるときは、それぞれの土質及びその地層の厚さ)、がけ面の保護の方法等の安全性について十分な検討がされた結果なされることは明らかであるから、建築確認処分を行う建築主事としては、建築基準法一九条四項の審査については、宅造法の許可書及びその検査済証の有ることによつて当該がけが建築基準法一九条四項に適合するものと判断すれば足りると解せられる。

そして、この理は、宅造法八条一項の許可のみではなく都市計画法二九条の開発行為の許可についても同様であると考えられる。すなわち、がけを含む開発区域についての開発行為の許可がなされるについては、同法施行令一六条四項に定める開発行為許可申請書に記載すべき事項からみても、予定建築物等の敷地の形状、敷地に係る予定建築物等の用途だけではなく、宅造法と同様、がけの高さ、勾配及び土質(土質の種類が二以上であるときは、それぞれの土質及びその地層の厚さ)、がけ面の保護の方法等について検討され、その安全性も審査のうえ許可がなされるのであるから、この場合についても建築主事は、建築基準法一九条四項の適合性の審査に当たつては、都市計画法二九条の許可書及びその検査済証の有ることをもつて、それが建築基準法一九条四項に適合すると判断してよいものと解される。

(3) そして、右に述べた建築基準法一九条四項の適合性についての審査方法は、次に述べる同法の定める建築確認の制度・趣旨に照らして考えても妥当な解釈である。

すなわち、建築確認申請を行う場合の申請書について詳細に定めた建築基準法施行規則一条所定の確認申請書及び添付図書(以下「確認申請書類」という。)の記載すべき事項の中には、建築物の地盤の近くにあるがけを明記しなければならないとされたものはなく、かつ、建築主事は一般的には現地調査義務はないと解せられていることからすると、建築主事が建築基準法一九条四項の適合性を審査しうる場合というのは、確認申請書類の中にがけについての記載があつたという場合に限られる。また、同法施行令四条に定める建築主事の資格検定から考えても建築主事には専ら建築に関する知識、経験が求められているだけで、がけの強度等を判定するのに必要な土木工学、地質学の知識は求められていないことから、そもそも建築主事には同法一九条四項について専門的に審査するだけの能力はない。さらに、同法六条三項は、建築主事は確認申請を受理した日から二一日以内若しくは七日以内に審査し建築確認をしなければならないと規定していることからみても、同法一九条四項の審査について、がけの強度についての詳細な審査をしたり、まして断層についてまで審査するということは到底不可能であり法の予想するところではないといわなければならない。

(4) 以上述べたところから明らかなように宅造法及び都市計画法の許可手続の内容及び建築基準法の定めている技術基準、確認申請書類の記載内容、建築主事に現地調査義務がないこと、建築主事の資格、能力、確認申請から確認処分までの法で定められた期間等からみて、建築主事が同法一九条四項の適合性について実質的、専門的な審査をするということは、ほとんど不可能といわざるをえず、宅造法等他の法令において許可処分及びその検査などがなされる際にがけの安全性についても審査がなされている場合には、それに依拠して建築基準法一九条四項の適合性の審査をすれば足りるというべきである。

(5) また、仮に前記の解釈をそのまま採用しえないとしても建築主事が行いうる建築基準法一九条四項の適合性の審査は、これまでに述べた確認申請書類の記載事項や建築主事の能力から考え、がけの状態が外見上明らかに危険とみられる場合等について規制をなしうるだけであつて土木工学若しくは地質学に基づくような専門的な審査までする必要のないことは疑いのないところである。

(二) 本件処分について

(1) 被告(神戸市建築主事)は、本件処分を行うについては、同処分の対象となつた建築物の敷地を含む宅地について宅造法八条一項の許可がなされていること及び同法一二条二項の検査済証の交付に代わるものとして宅造法八条一項の許可の所管課である神戸市土木局宅地規制課から本件建築物の敷地に隣接するがけの状況について、宅造許可に対応し擁壁の石積や綱製格子枠による法面保護等がなされていることの報告を受けており、かつ、都市計画法二九条の開発行為の許可もなされていたことから右許可書を確認申請書に添付させ、また、本件建築物の敷地に隣接するがけの状況については、開発許可に対応する法面保護等の工事がなされた場合になされる同法三七条の建築承認がなされていることにより(建築基準法施行規則一条七項)、右建築物の敷地に隣接するがけについては建築基準法一九条四項の規定に適合したものと判断したのであつて、被告の本件処分には何らの瑕疵もなく適法であることは明らかである。

(2) また、仮に宅造法の造成工事若しくは都市計画法の開発行為の各許可書等のみの審査では建築基準法一九条四項の適合性の審査としては不十分であるとしても、被告は、本件処分については、確認申請書類について精査するだけでなく、本件処分の対象である建築物の敷地に隣接するがけを現認し、宅造法八条の許可及び都市計画法二九条の許可に対応するがけの整備がなされていることをも調査した結果として右がけは、建築基準法一九条四項に適合するものと判断したものであり、被告の行つた本件処分には何らの瑕疵もなく適法である。

原告らは、本件処分の取消理由として請求原因欄2(一)(1)のとおり主張しているが、原告らが主張するような危険性は、地質学等については素人である被告が現地調査しても判明し得ないものであり、また確認申請書類を子細にみても到底判断しえないものであるから、右の主張は、現行の建築確認制度とは余りにもかけ離れた判断を被告に求めるものであつて、それ自体失当というべきものである。

(3) 以上から明らかなとおり、被告は確認対象規定である建築基準法一九条四項については建築主事に求められている審査を適正に行いこれに適合するものとして本件処分を行つたものである。

2  県条例二条に違反するとの主張について

(一) 県条例二条一項但書に対する審査方法

(1) 県条例二条一項は、建築基準法四〇条に基づき同法一九条四項の制限を付加するものとして制定されたものであるから、その立法趣旨は基本的には同一であり、したがつて審査方法も建築基準法一九条四項に対する審査方法とおおむね一致する。すなわち、宅造法及び都市計画法の許可手続の内容及び建築基準法の定めている技術基準、確認申請書類の記載内容、建築主事に現地調査義務がないこと、建築主事の資格、能力、建築確認申請から建築確認処分までの法で定められた期間等からみて、建築主事が県条例二条一項但書の「安全」の適合性について実質的、専門的な審査をするということまで建築基準法が求めているとは到底解し得ず、同法は、県条例二条一項但書の「安全」の審査については宅造法等他の法令において許可処分及びその検査などがなされている場合には、その許可等の有無の審査をすれば足りるとしているものというべきである。

(2) さらに、右解釈を一歩進め、宅造法及び都市計画法の規制区域内であれば、がけ崩れ防止措置(建築基準法一九条四項)に関しては、宅造法及び都市計画法の規定による許可等を得れば足り、建築基準法は適用されず、建築主事の確認の対象にならないとの考え(大阪高裁昭和六〇年(行ス)第五号・同六〇年七月三一日決定参照)からすれば、県条例二条もがけ崩れ防止措置の規定である以上、建築基準法一九条四項と同様建築主事の確認の対象とはならないこととなる。

(二) 本件処分について

(1) 被告は、本件処分を行うについて、同処分の対象となつた建築物の敷地に隣接するがけの安全性については、同一敷地内の建築物につき本件処分に先立ち昭和五八年灘第三六一号の建築確認を行つた足立敏郎建築主事(以下「足立主事」という。)からの同敷地を含む宅地について宅造法八条一項の許可がされている旨及び同法一二条二項の検査済証の交付に代わるものとして宅造法八条一項の許可の所管課である神戸市土木局宅地規制課から足立主事が本件建築物の敷地に隣接するがけの状況については、宅造許可に対応し擁壁の石積や綱製格子枠による法面保護等がなされていることの報告を受けている旨の各引継ぎ並びに都市計画法二九条の開発行為の許可、同法二九条及び三七条の規定に適合することを証する書面に基づき審査したのであつて、被告の本件処分には何らの瑕疵もなく適法であることは明らかである。

(2) また、仮に県条例二条一項但書の「安全性」の審査については宅造法の造成工事若しくは都市計画法の開発行為の各許可書等のみの審査では不十分であるとする見解が存するとしても、被告建築主事は、足立主事が本件処分の対象である建築物の敷地に隣接するがけを現認し、宅造法八条の許可及び都市計画法二九条の許可に対応するがけの整備が石積擁壁、綱製格子枠等によりなされていることを調査したことの引継ぎを受けることにより、県条例二条一項但書の「がけが岩盤若しくは擁壁等で構成されているため安全上支障がない場合」に該当すると判断し、また、本件建築物は、構造が鉄筋コンクリート造りであり、基礎は堅固な地盤で支持されるよう計画しており、南斜面に影響を与えないよう配慮も行つていることから、県条例二条一項但書の「建築物の用途若しくは構造により安全上支障がない場合」に該当すると判断したものであるから、本件処分には何らの瑕疵もなく適法である。

第三  証拠<省略>

理由

一争いのない事実

請求原因1(一)の事実、同2(一)(1)後段後半のうち施主住友不動産株式会社と請負業者大林組が本件敷地内に断層及び破砕帯が存在しないとして設計及び施工を行つていること、同(2)のうち本件建築物の敷地についての開発行為は、その敷地の位置する神戸市灘区篠原伯母野山一丁目一〇〇四番の一他の地域約三万三〇〇〇平方メートルの区域を開発区域として神戸市長が開発許可処分を行い、昭和五六年七月二九日付けで同処分の通知をしたこと及び同開発許可に係る工事の完了検査がいまだなされていないこと、同(二)(1)のうち神戸市長のした前記開発許可処分に①ないし⑥の条件が付されていたこと、同(2)のうち本件建築物について都市計画法三六条の工事完了届、検査済証の交付及び工事完了の公告がされていないことは、いずれも当事者間に争いがない。

二原告らの原告適格の有無について

1  行政事件訴訟法九条は、抗告訴訟の原告適格につき「当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」と規定しているが、右に「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうものと解するのが相当である。そして、右にいう法律上保護された利益とは、当該行政処分の根拠となつた法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、他の目的、特に公益の実現のため定められた法規によつてたまたま私人等が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである(最高裁判所昭和四九年(行ツ)第九九号・同五三年三月一四日判決民集三二巻二号二一一頁参照)。

ところで、行政法規が、公益目的実現のため国民等にある行為をすることを一般的に禁止制限したうえで、特定の場合にその行為をすることを許容することを内容とする行政処分を定めている場合には、一般には、当該行政処分の処分要件は、当該行為を許容することによつて一般的禁止の目的とする公益の実現を阻害することがないかどうかという公益保護の観点から定められるのが通例であり、このような場合一般第三者は、直接的には当該法規による公益保護を通じて附随的、反射的に利益を保護されるにすぎないと解される。

しかしながら、当該行政処分の根拠法規が、一般の第三者の公益保護と併せて、特定の第三者の個人的利益を一般的公益の中に吸収解消されない具体的個別的利益として保護し、したがつて当該行政庁において右処分をするに当り、当該処分により許容される行為が特定の第三者の具体的個別的利益を阻害するかどうかを考慮することが要求される場合には、違法な当該行政処分により右の個別的利益を害された特定の第三者は、当該行政処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、行政事件訴訟法九条の取消訴訟の原告適格を有するものというべきである。

2  ところで、建築基準法六条一項は、建築主が同項各号の建築物を建築しようとする場合には、当該工事に着手する前に、当該工事の計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならない旨規定し、その具体的基準は、同法及び同法施行令等に定められている。そして、建築基準法が右規制を設けている趣旨は、直接的には、健全な建築秩序を確保し、一般的な火災等危険の防止、生活環境の保全等という公共の利益の維持増進にその目的があることは同法一条の規定から明らかであるが、この場合の右利益は、具体的には建築主のみならず近隣居住者の日照、通風、採光、住居の静ひつ、衛生及び防災等という生活環境の保全・安全の保障ということを離れては考えられず、近隣居住者の生命、健康を保護し、災害等の危険から守ることが、とりもなおさず公共の利益に合致するものということができる。したがつて、建築基準法は右近隣居住者の右諸利益に寄与する限度において前記公共の利益を保護すると同時に近隣居住者の右個人的利益をも一般人として附随的反射的に保護される利益以上に保護する趣旨と解すべきである。

そうすると、本来建築確認をえられないはずの建築物により、生活環境上の悪影響あるいは災害の危険等を受ける近隣居住者は、個人として有する法的利益を侵害されたものとして、右建築確認処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものというべきである。

3  これを本件についてみるに、<証拠>を総合すると、本件敷地を含む付近一帯の土地は、六甲山系麓部のうちいわゆる六甲台といわれる標高約一〇八ないし一四五メートルの位置にあり東は六甲川、西は大月川にはさまれた約三万三〇〇〇平方メートルの台地であること、本件敷地は右台地のおおむね南側に位置していること、右南側は高さ約二〇メートル、勾配はおおむね三〇度の斜面(がけ地)になつていること、右斜面を下つてすぐのあたりから人家が密集しているが、原告らの住居もその一部であること、本件建築物と原告らの居住建物との距離は水平距離にして約二〇メートルから約一〇〇メートル以内であること、本件建築物の概要は請求原因欄一1(一)記載のとおりで(この点は当事者間に争いがない。)、本件建築物の高さは地上約三〇メートルであること、本件敷地一帯及び原告ら居住地付近は過去何度か水害、山崩れ等の災害におそわれており、又かつて湧水し、あるいは現在湧水している箇所があることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして右によれば、違法な建築確認により敷地の安全性が確保されないまま本件建築物が施工完成された場合には、原告らはこれにより日常の生活環境上の悪影響を受け、あるいは原告ら主張の災害等の危険にさらされ、その生命、身体、財産等の侵害のおそれがないとはいえないので、原告らは本件処分の取消しを求める法律上の利益を有するものと解するのが相当である。

三本案についての判断

1  <証拠>を総合すると以下の事実を認めることができ、同認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 本件敷地を含む付近一帯の土地は、前記認定(二3参照)のような台地で、昭和三四年ころから摩耶埠頭埋立て工事等に使用される土砂の採取がなされ、硬岩露出のまま住友不動産株式会社の後記開発工事に着手するまで放置されていた。

(二)  右地区は、昭和四三年の都市計画法の全面改正に伴い、第二種住居専用地区及び文教地区(兵庫県条例)に指定され、良好な環境の保護を前提とした将来像が設定されたことから、住友不動産株式会社は右地区をうるおいのある住宅地にする構想を立案した(勝岡山ニュータウン計画)。

(三)  住友不動産株式会社は、右計画に基づき、昭和四六年以降数回にわたり右地区の地形・地質・地下水の状況等の地質工学的な現地調査をし、斜面安定の解析等を行つた。

(四)  ところで、本件敷地及びその付近一帯の土地は、都市計画法七条に定める市街化区域であるとともに宅造法三条に定める宅地造成工事規制区域(以下「規制区域」という。)に属するため、住友不動産株式会社は、昭和五五年八月六日本件敷地を含む一団の土地三万三一一八平方メートル余につき本件建築物ほか二棟の共同住宅用建築物を建築するため、神戸市長(政令指定都市である神戸市の場合は、都道府県知事ではなく、神戸市長である。以下同様。)に対し都市計画法二九条に定める開発行為の許可及び宅造法八条一項に定める宅地造成に関する工事の許可の各申請をした。

(五)  これに対し、神戸市長は、昭和五六年七月二九日原告ら主張の条件(請求原因欄2(二)(1)参照)を付して右各申請を許可した(神戸市長が右同日に開発許可処分をしたことは当事者間に争いがない。)。

(六)  そこで、住友不動産株式会社は、本件敷地を含む付近一帯の土地を宅地にするための造成工事に着手し、昭和五八年五月二五日ころに神戸市長の都市計画法三七条の承認、昭和五八年七月七日には被告から同地上に建築する三棟の建築物の建築確認(建築確認番号灘第三五九号、同第三六〇号、同第三六一号)を得た。

(七)  被告は、右建築確認処分を行うに際し、前記開発許可の関係書面により、又その所管課である神戸市土木局宅地規制課からの報告により、同処分の対象となつた建築物の敷地及び付近一帯の宅地につき既に前記宅造法八条一項及び都市計画法二九条の各許可がなされていることを確認し、さらに右建築物の敷地の南側斜面については法面保護等の防災工事が施工されていることの報告を受け、又右敷地については前記都市計画法三七条の建築承認がなされていることをも確認した。

なお、被告は現地に赴いて右南側斜面の防災工事施工状況の確認をした。

その結果、被告は右建築物の敷地、とりわけ南側斜面が建築基準法一九条四項の安全性の基準に適合するものとして右建築確認処分を行つた。

(八)  その後、住友不動産株式会社は、右灘第三六一号に基づく建築物の設計を一部変更したことから、改めて昭和五九年五月二三日に被告の建築確認(建築確認番号灘第二一号)を得た(本件処分)が、この時の担当建築主事は、灘第三六一号の建築確認をした足立敏郎から被告堀龍平にかわつていたものの、同被告は本件敷地及びその南側斜面についての前記事情の引継ぎ並びに都市計画法二九条の開発行為の許可、同法二九条及び三七条に適合することを証する書面に基づき審査したうえ本件処分をした。

そして、前記灘第三五九号、同第三六〇号に基づく建築物はいずれも工事が完了し、前者は昭和六〇年八月一〇日に、後者は昭和六〇年二月二一日にそれぞれ検査済証が交付されている。

2  建築基準法六条一項によれば、同法上の建築計画に対する確認は、「その計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合する」かどうかについて行われるものであるから、右確認対象法令に含まれない法令に基づき建築確認の違法を主張することはその前提を欠くこととなる。ところで、右確認対象法令の範囲は必ずしも定かではないので、建築基準法の趣旨・目的、建築主事の能力(この点は資格検定の内容等から判断することとなる。)、確認申請書の記載事項として法令上要求されている事項、他の行政庁の権限事項とされているかどうか、特別規定の存否等を対比考慮して当該法令が確認対象法令に該当するかどうかを判断するのが相当である。

本件において、原告らは、本件処分の違法理由として、神戸市長の付した開発条件三、六項、神戸市開発指導要綱第六、第一二、都市計画法三六条、三七条に違反する旨主張する(請求原因欄(二)参照)。

そこで検討するに、まず、弁論の全趣旨によれば、右神戸市開発指導要綱は、神戸市が同市の開発を計画的に行い、均衡ある健全な市街地の形成を図り、市民の福祉に寄与することを目的として定められた行政指導要綱であることが認められるところ、確認対象法令は法律、命令及び条例に限定されているのであるから、神戸市開発指導要綱が右確認対象法令に含まれないことは明らかである。

次に、神戸市長の付した開発許可条件(請求原因欄(二)(1)参照)三、六項違反の点であるが、弁論の全趣旨及びその許可条件の内容からすると、右は神戸市長がその裁量の範囲内で開発許可処分を行うに際しその目的をより確実に達成するために付したものである(講学上いわゆる行政行為の負担といわれるものと解される。)ことが認められるところ、右は神戸市長の権限の範囲内で行つた行政行為の付款(しかも、後記確認対象規定外の開発許可の付款)にすぎず、確認対象法令(法律、命令及び条例)に該当しないことは明らかである。

さらに、都市計画法三六条、三七条違反の点であるが、同法三七条が同法三六条三項に定める工事完了の公告があるまで建築物の建築を禁止した趣旨は、開発行為が開発許可どおりに行われることを担保し、スプロール化の弊害を防止するためであり、建築物の敷地に関する規制という観点から行つたものではなく、しかも建築確認申請に際し同法三七条の承認を証明する文書の添付を要求していること(建築基準法施行規則一条、都市計画法施行規則六〇条参照)からすれば、都市計画法三六条、三七条は確認対象法令には該当しないものといわなければならない。

以上、要するに、原告らの主張する前記違法理由の根拠法令は、いずれも確認対象法令には該当せず、したがつて、建築主事が建築確認に際し同法令違反の有無を判断すべき事項ではないから、これらを判断すべきことを前提とした原告らの主張は失当である。

3 次に、原告らは、本件処分は建築基準法一九条四項及び同法四〇条に基づく県条例二条に違反した旨主張するが、本件敷地は、前記認定のとおり(理由欄三1(四)参照)、都市計画法の市街化区域であるとともに宅造法の規制区域であることから、右各法律に基づく規制及び建築基準法に基づく県条例の規制がどのような関係にあるかまず検討する。

(一)  宅造法は、宅地造成に伴いがけ崩れ又は土砂の流出を生ずるおそれが著しい市街地又は市街地となろうとする土地の区域内において、宅地造成に関する工事等について災害の防止のため必要な規制を行うことにより、国民の生命及び財産の保護を図ること等を目的とし(同法一条)、そのため、規制区域内で行う宅地造成に関する工事については、造成主は、当該工事に着手する前に都道府県知事(本件では神戸市長、以下同様。)の許可を受けなければならないものとし(同法八条)、右工事は、政令で定める技術的基準に従い、擁壁及び排水施設の設置その他宅地造成に伴う災害を防止するため必要な措置が講ぜられたものでなければならず(同法九条)、同法施行令等においては右技術的基準として、切土・盛土をする際の安全措置、擁壁を設置する場合のその規模・構造、排水施設の設置等具体的詳細に規定し、知事は、前記宅地造成の許可に、工事施行に伴う災害を防止するため必要な条件を付することができ(同法八条三項)、造成主が右許可にかかる工事を完了した場合には右工事が前記技術的基準等に適合しているかどうか検査し、適合していると認めたときは検査済証を造成主に交付するものとされている(同法一二条)。

(二)  都市計画法は、都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とするもので(同法一条)、そのうち都市計画制限の一として、市街化区域内で開発行為(主として建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更)をしようとする者は、原則として、あらかじめ都道府県知事の許可を受けなければならないとし(同法二九条)、開発許可基準の一として、開発区域内の土地が、地盤の軟弱な土地、がけ崩れ又は出水のおそれが多い土地その他これらに類する土地であるときは、地盤の改良、擁壁の設置等安全上必要な措置が講ぜられるように設計が定められていることを要し(同法三三条一項七号)、その技術的細目は同法施行令二八条、二九条及び同法施行規則二三条、二七条等において具体的、詳細に定めている。そして、開発許可を受けた者は、開発行為に関する工事を完了したときはその旨を知事に届け出、知事は当該工事が開発許可の内容に適合しているかどうか検査し、適合していると認めたときは検査済証を開発許可を受けた者に交付して工事が完了した旨公告し(同法三六条)、知事が支障がないと認めた時等を除き、右公告があるまでは開発許可を受けた開発区域内では建築物を建築できないとしている(同法三七条)。

(三)  これに対し、建築基準法一九条は、確認を受けようとする建築物の敷地の衛生及び安全につき規定し、その四項で「建築物ががけ崩れ等による被害を受けるおそれのある場合においては、擁壁の設置その他安全上適当な措置を講じなければならない」と規定し、さらに、兵庫県においては同法四〇条を受けて、県条例二条においてがけ地に建築せんとする建築物の安全措置についての規定を設け、その一項において「がけ地(がけを有し、又はがけに接する建築物の敷地をいう。)に建築物を建築する場合においては、がけの表面の中心線から、がけ上又はがけ下の建築物までの水平距離は、それぞれのがけの高さの一・五倍(がけの高さが二メートル以下の場合又はがけの地質により安全上支障がない場合においては一倍)以上としなければならない。ただし、がけが岩盤若しくは擁壁等で構成されているため安全上支障がない場合又は建築物の用途若しくは構造により安全上支障がない場合においては、この限りでない。」と規定するが、他にがけ地の安全措置につきなんらの技術的細目等は規定されていない。

(四)  そこで、まず、宅造法と建築基準法(及びそれに基づく県条例)との関係につき検討するに、そもそも宅造法は、昭和三六年に制定されたものである(昭和三六年一一月七日法律第一九一号)が、そのころは宅地の需要が全国的に高まり、これに伴い盛んにおこなわれた宅地造成が原因とおもわれるがけ崩れ、土砂流出による人命・財産に多大の被害を与える災害が発生したことから、宅地造成を規制する必要性が認識され、前記の目的(宅造法一条)に基づき、制定されたものである。そして、宅造法制定前の宅地造成の規制は建築基準法(敷地の安全性については一九条による。)・一部市条例(神戸市においては昭和三五年四月に「傾斜地における土木工事の規制に関する条例」が制定されていた。)が存したが、それらの規制では十分でないことから宅造法が制定され、宅地造成に起因するがけ崩れ又は土砂流出に伴う災害を強力に規制防止するにいたつたものである。これに対し、建築基準法は、当該建築確認にかかる建築物の敷地としての安全性確保の見地からは、その一九条において技術的規制を主眼として規定するにすぎず、がけ崩れ等により造成宅地周辺居住の住民の生命、身体、財産の安全を確保するとの観点からは、建築基準法及びそれを受けた県条例の規定の仕方は、宅造法のがけ崩れ等による被害防止の規制の仕方に比べ、格段に具体的かつ詳細さの点で劣り、必ずしも十分とはいえないこと、建築主事には地質学及び土木工学等の専門的知識が要求されていないこと(建築基準法施行令三条四条参照)、建築主事の確認通知は、限られた期間内にすることが要求されていること(建築基準法六条三項、四項)等からすれば、少なくとも宅造法の規制区域内における宅地造成に伴うがけ崩れの防止のための規制は、もつぱら宅造法に基づきおこなうこととするのが右各法令の趣旨であると解するのが相当である。

したがつて、宅造法の規制区域内では、がけ崩れの防止措置(建築基準法一九条四項)に関しては、原則として宅造法の規定による許可を受けなければならないのであつて、建築基準法(及びそれに基づく県条例)は適用されず、これが建築主事の確認の対象にはならないものと解すべきである。そして、建築確認処分を行う建築主事としては、建築基準法一九条四項(及び県条例二条但書)の審査に当つては、宅造法の許可書及びその検査済証の交付(又はこれに代るものとしての所管課の防災工事施工の報告)があることによつて当該がけが同条項に適合するものと判断すれば足りるものと解される。

(五)  さらに、都市計画法と建築基準法(及びそれに基づく県条例)との関係につき検討するに、がけ崩れ防止のためには、前記のように宅造法に基づきその安全確保がはかられているが、同法の適用が急傾斜地に限られている実情から、それ以外の区域にも右規制を広めるために、開発許可をするに際しての許可基準の一としてのがけ崩れ防止措置の規定(都市計画法三三条一項七号、その技術的細目は同法施行令二八条等)が設けられたものである。そうすれば、右(四)の説示は、都市計画法に関し、さきに述べたがけ崩れ防止についての規制及び都市計画法に基づく開発許可と建築基準法(及びそれに基づく県条例)との関係についても、同様に解すべきである。

(六) これを本件についてみるに、前記認定のとおり(理由欄三1(四)(五)参照)、本件敷地は都市計画法七条に定める市街化区域であるとともに、宅造法三条にいう規制区域であり、神戸市長は昭和五六年七月二九日に都市計画法二九条の開発許可及び宅造法八条一項に基づく工事の許可をしているのであるから、被告は、建築基準法六条の確認を行なうにあたり、右各許可の内容及び許可後の諸手続を確かめたうえで建築確認を行えば足りるものであつて、それ以上に本件敷地につき建築基準法一九条四項及び県条例二条但書の安全性を審査する義務や権限もなく、右審査未了を理由に確認を拒むことも許されないというべきであるから、同審査義務のあることを前提としての右各法令違反を主張する原告らの主張はいずれも失当である。

(七)  以上のほか、<証拠>を総合すれば、その余の点については被告の本件処分につきなんら違法な点はないから、本件処分は適法である。

四結 論

よつて、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野田殷稔 裁判官小林一好 裁判官横山光雄)

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